三女(小学生:3年)が、1年生の時の事です。
三女の担任の先生から家に電話がありました。
「今日、〇〇ちゃん(三女)を含めた女子3名が、
クラスメートの〇〇君のクーピー(クレヨンのようなモノ)を
全部折っていたんです」との事でした。
折って使えなくなったクーピーの分は、
学校の余っているクーピーで補充しておくので、
弁償等はしなくても良いです…との事でしたが、
とりあえず、妻は〇〇君の家に電話をかけて謝っていました。
〇〇君の家とは、
親同士もよく知っている仲だったので、
怒っている風でもなかったようでした…。
で、何故〇〇君のクーピーを折ったのか三女に聞いてみると、
「〇〇君が折ってもいいよ」と言ったので、
三人で折っていたという事でした。
いじめているようなつもりは全くなかったようです。
小学1年生にもなれば、
他人のクーピーを折る事が良い事なのか悪い事なのかは、
判断出来るハズですが面白がってやってしまったようです。
子供というのは、時々残酷なことをやってしまうものですから、
悪ふざけが過ぎて一生に一度くらいは、
そういう事をしてしまう事もあるのかも知れません…^ ^;
とりあえず、三女も反省しており、
その事はそれで終わったのですが、
私は〇〇君の事が気になっていました。
気になっただけで、〇〇君に対して何もしてはいないのですが…。
〇〇君は、何故折ってもいいよ…と言ったのでしょうか…。
クーピーが折られるところを実際に見たかったのでしょうか…?
クーピーを折った3人の女子の中に好きな子がいて、
どんな形であれ仲良くできるキッカケが欲しかったのでしょうか…?
クラスに溶け込みたくて関わりを持ちたいがために「いいよ」と言ったのでしょうか…?
な~んにも考えずに「いいよ…」と言ったのでしょうか…?
〇〇君も、親に買って貰った学校で使う大切なクーピーを
折られても良いと思うハズはないと思うのです…。
私は、「いいよ…」と言ってしまった理由が何かあったのではと思ってしまうのです。
話は全く変わりますが、
私自身の話で小学校3年生の時の事です。
隣のクラスと合同で徒競走をする体育の授業がありました。
みんな裸足の方が早く走れると思っていて、
裸足で走るために、みんな靴下を脱いでいたんです。
授業が終わって、みんな脱いでいた靴下を履いて、
その日は、何事もなく終わりました。
次の日になって、
休み時間に隣のクラスの先生(女性)が教室に来て、
私に、「昨日うちのクラスの生徒の靴下を間違えて履いて帰ってないか…?」
と聞いてきたのです。
私は、なんの事かよく分からなかったのと引っ込み思案だった事もあって、
何も言わずに黙っていたら、また同じ事を隣のクラスの先生は聞いてきました。
で、2回目は「間違ってないと思う」と答えたところ、
もう1回同じ事を繰り返し聞いてきました。
その時の私の感情は、靴下を間違えた云々よりも、
みんなの前で、靴下を間違えたんじゃないかと、
先生に問われてる事がとても恥ずかしかったのを覚えています。
それを一部始終見ていた私の担任の先生(男性)は、
「〇〇(私の名前)は、間違ってないと言っただろ!」と、
隣のクラスの先生に叱るような口調で言って隣のクラスの先生を追い返してくれました。
今思えば、私の担任の先生は、
その時の私の感情を察してくれていたのだと思います。
仮りに、私が間違えて隣のクラスの生徒の靴下を履いて帰っていたとしても、
隣のクラスの先生を追い返してくれていたんじゃないかと思えます。
担任の先生は、私のような引っ込み思案の子供は、
そのような些細な事でも、
次の日、学校に来るのがイヤになるのでは…と察してくれて、
生徒達が大勢いる状況にも関わらず、隣のクラスの先生に対して、
叱るような口調で言ってくれたんだと思うんです。
おかげで、私は何も気にする事なく次の日も学校に行く事が出来ました。
担任の先生がいなければ、
私は次の日学校に行く事がイヤになっていたような気がします…^^;
その時の状況だけを見ると、
隣のクラスの先生は、私に間違っていないかを聞いただけなので、
特に問題はない行為だったと思います。
(何故、私だったのかは不明ですが…)
でも、引っ込み思案だった私は、担任の先生がいなければ、
それをキッカケに全く違った問題を抱える事になっていたかも知れません。
今の私とは違い、その頃の私はそれほど繊細な子供だったんです…。
どんな子供だったかというと、
水たまりに映った空をいつまでも眺めているような子供でした…^^;
私は、担任の先生がそのような行動をとってくれて、
本当に安心した記憶があります。
私は小3の途中で引越した為か、
小3の頃の記憶はあまりないのですが、その時の事だけは鮮明に覚えています。
で、話は戻りますが、
担任の先生にしてみれば、
クーピーを折られた〇〇君の親が怒っていなかったので、とりあえずその件は一件落着です。
でも、〇〇君が何故「折ってもいいよ」と言ってしまったのか…?
何か信号を発しているような子供であれば、
それをキャッチする良いチャンスである事を理解してくれていたのだろうか…、
と考えたりしてしまいます。
まぁ、私が話を大袈裟にしてるだけで、私の考え過ぎなんですけどね…^^;
他人の気持ちを察するのは非常に困難です。
でも、常日ごろから人の気持ちを察っしようとしているのと、
そうでないのとでは大きな違いが生まれてくると思います。
その違いによって、人を観察する目が違ってくると思われるので…。
私の小3の時の担任の先生のように、
その子供にしか分からない世界をちゃんと察して、
同僚の先生を叱ってまで、
子供の世界を守ってやれるような人間になりたいものです。
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